うみねこのブルース

元丸の内OLから地方の田舎のしがない主婦へ。のんびり生きてます。

夏が終わってしまう前にもう一度観たい『すいか』

すいかといえば、赤い果肉に黒と緑のシマシマに覆われた果実。

夏になったら食べずには居られない。

 

そうめんを食べることや「最後の花火に今年もなったな」と心の中(もしくはtwitter)で呟くことは夏の定例であり、もはや強迫観念のように、夏になったらしなければならない気がしてしまう。

 

 

その中でも『すいか』を見ることもこのうちの一つに入る。

小林聡美演じる信用金庫のOLが主人公のドラマ。このドラマがやっていた時が大塚愛の大ブームの真っ只中で、『さくらんぼ』の前に出してた曲が使われてたドラマだよな、という印象だけはあった。その頃は中学生だったのでドラマを見ることはなく、実際に初めて観たのは上京してからだった。それからというもの、果物のすいかと同様に大好物で夏に1度では飽き足らず、3度くらい観る夏もある。

 

 

今年はバンドの再結成や再始動に沸いた年でもあったが、仮に「復活してほしい/続編をやって欲しいものランキング」を作るとすれば、第一位にすいかがランクインする。(余談だが、2位としてはandymoriの復活を心待ちにしている。)

 

シェアハウス『ハピネス三茶』と住人たち 

わたしが上京して初めて住んだのはシェアハウスだった。

本来であれば、実家から片道2時間強という地獄の通学をするはずだったが、姉がどこぞの掲示板から見つけてきたのがシェアハウスだった。家具家電付き、家賃は3万円を切る。大家さんは学生だからとネット代は無料にしてくれた。

 

 

そのシェアハウスに住んでいた約3年半(1年くらい友人の家に週5以上住んでいたので実質2年半くらい)の間、色んな住人と会った。サバサバという形容詞の似合う一回り上のOLさん、上の階に住んでいたコントレックスを箱買いしていた相対性理論の歌詞みたいなOLさんパート2、トイレットペーパーをギリギリまで使うけれど決して新しいものに交換しない大学生、旅をしすぎてリベラルになりすぎてしまったのか人のコップを勝手に使ったり家賃を滞納して大家さんと喧嘩する放浪者・・・etc。

 

 

特にサバサバOLとは結構仲が良く、一緒にTVを観ながらご飯を食べたり、サバサバOLが引っ越したときは手紙を渡したりした。サバサバOLは猫用のササミのエサをわたしに託してくれた(そのシェアハウスではたくさん猫を飼っていた)。大家さんは、2階の一室に住んでおり、まるで主夫のような家事力のある木のような優しいおじさん(一応会社勤めはしているらしかった)で、庭で採れた野菜で色んなご飯を作ってくれた。サフランライスをわざわざ炊いてパエリアを作ったときはさすがに驚いた。旅好きな大家さんだったので、各国のお土産もよく買ってきてくれた。

 

 

すいかに出てくる『ハピネス三茶』は名前のごとく、東京の三軒茶屋にあるという設定のシェアハウスだ。ゆかという大学生がお父さんの代わりに大家をしている、賄い付きという珍しいタイプ。住人たちが朝食の食卓について、各々お目当ての欄を読むために一枚の新聞を順々にまわしていくシーンが微笑ましい。

 

 

女の人が集まっていると嫌な雰囲気が漂いがちだが、ハピネス三茶からはそういうギスギスしたものは感じられない。浅丘ルリ子演じる大学教授、ともさかりえ演じるエロ漫画家。住人のジャンルが違いすぎる、というのがその理由の一つかもしれない。よくもまあこのキャストが集まったな、と今考えるとその発想に感服してしまう。

 

 

個人的には初め、あの中にキョンキョンが出ていることが違和感があったのだけれど、何度も見ているうちに、馬場ちゃんはキョンキョンにしか演じられないなと感じる。もちろん、泥舟のママも刑事の役も、あのキャストじゃないとしっくりこない(但し、金子貴俊さんだけは観ていてウッときてしまうので、千葉雄大のような可愛い男子にやって欲しい)。

 

地球滅亡と変わらない日常

ノストラダムスの予言である1999年のハルマゲドン、実際にその年に地球滅亡は起こらなかった。ジョージ・オーウェルの『1984』や未来人の予言など、色んな未来予想図・地球滅亡説があるけれど、案外地球はしぶとく生きぬいている。とはいえ日本列島も災害が頻発して、東京オリンピックまでに東京が存在してるのかという気もしてしまう。

 

 

「ハルマゲドン」が過去の回想時ともう一度、ドラマ中に出てくる。地球滅亡とは打って変わって、ハピネス三茶では穏やかな日常が繰り広げられている。ハルマゲドンや馬場ちゃんの3億円横領事件のような大事件と、住人が繰り広げる毎日の些細な出来事の対比がすごい。激動の人生を過ごす人と平凡な人生を過ごす人、決して人の一生に起きる出来事の凸凹は平等じゃないんだと感じる。

 

 

主人公の基子さんは信用金庫のOLで、いわばお局状態。キャピキャピした若い子に囲まれて、親には結婚を催促され、会社でも家でも肩身の狭い思いをしていた。そんなときに、ハピネス三茶に導かれていく。基子さんの人生はそれまではただ退屈な人生だったのかもしれないけれど、ハピネス三茶に住めたなら、ある意味勝ち組ではないかとわたしは感じてしまう。

 

 

先日、阿佐ヶ谷姉妹の共同生活がハフィントンポストで記事になっていた。血の繋がっていない人たちが一つ屋根の下で一緒に暮らすというはとてもいいことだと思う。本来、家とは家族が住む場所、血縁のあるものが暮らすところである。しかし、家族は距離が近すぎるのもあんまりよろしいものではない。殺人の多くが血縁の親族内で起きているということからも良くわかる。血の繋がっていない他人だからこそ、人に干渉しすぎることはなく、けれど互いを気にかけて暮らす、というのができるのかもしれない。

 

最後に

縁側ですいかをみんなで頬張るというのは、格別とは言わないまでも、究極の幸せな光景なのかもしれない。生きていると大きな出来事に目が行きがちだけれど、平凡な日常が続くことは気づかないだけで結構幸せなことだと思う。

 

かなりの『すいか』ファンを自称していたつもりだったのだが、この記事を書くのをきっかけに『すいか2』というその後の基子さんたちを描いたという文庫本が出ていたことを知った。『すいか』ファンとして失格だなと猛省している。猛省していると書く時、たいてい人はそんなに猛省はしていない。今回は反省している、くらいに改めておこうと思う。速攻でAmazonにて注文し、存分に堪能するつもりである。楽しみが出来た。

 

そして、どうか浅丘ルリ子さんがご存命のうちに、1話分でもいいから実写でやって欲しいと切望するばかり。

 

すいか DVD-BOX (4枚組)

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すいか 1 (河出文庫)

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すいか 2 (河出文庫)

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キリ番踏みました

同世代にとってはとても懐かしいフレーズじゃないかと思うんだけど、さっきある方の読者登録をしたら「222」というキリ番だったのでふと思い出した。

 

 

咄嗟に最新記事に「キリ番踏みました」ってコメントしちゃおうかと思った。

う〜んでも、よくよく考えてみたらキリ番だからってなんだってんだ?って話。

 

 

でも懐かしくなっちゃったので思わず。

懐かしいといえば、『SUNNY』がとてつもなく観たい。わたしより一回り上の世代なんだけども。普段シネコンで映画ってあまり観ないのだけれど、これはもう駆け込みたい。おばさんホイホイってわたしの好きなツイッタラーさんの旦那さんが言っていたけれど、それでもいい。

 

 

キリ番踏みました。

伝わる人には伝わりますように。

 

 

 

 

ウェディングハイとマリッジブルー

結婚式、それは女の子が誰しも憧れる人生の一大イベントなんだと思っていた。

マジョリティにとっては今も昔も憧れなのかもしれない。

 

 

私は小学生の頃から結婚式をやりたくなかった。だってそもそも、自分の両親が見ている前で誓いのキスをするなんて、どうやったって考えられない!と小学生の小さきおなごながらに考えていた。それは約二十年経っても変わらなかった。結婚式なんてやらなくていい。

 

 

私の周りでも第一次?結婚ラッシュがきている。中学校の(あまり仲良くない)同級生たちはかなり早い段階で結婚・出産している子が多いけれど、高校の同級生は大学→就職が当たり前のコースなので、自動的にいまくらいに結婚のイベントが訪れる。

 

 

 

「結婚」とは純粋に考えればとても目出度いことだ。

でも、同時に周りを不幸にさせるイベントでもあるとわたしは思っている。

 

 

社会人になって臨む友人の結婚式は、ご祝儀やその日のためのドレス、髪の毛のセット代など思った以上に出費がかさむ。正直、本当に親しい友人のそれにしか出席したくないとみんな思っているはずだ(私調べ)。

 

 

それに加えて、今では“ウェディングハイ”という言葉があるように、特に新婦が結婚によってクレイジーになってしまうことが懸念される。自分の身の回りでも、二組このウェディングハイに侵されている同級生がいるのだが、もう見ていられない。片方はディ●ニーランドでの挙式を控えているらしく、毎週毎週インスタグラムには衣装合わせや打ち合わせの内容が垂れ流される。正直、どうでもいいし、全然興味ない。

 

 

もう片方の女の子とは、一緒に出かけるような関係ではなかったけれど、なんだかんだSNSで大学を卒業してからも繋がっていて、お互いを励まし合うような良い関係だった。それでも、その子の結婚が決まった途端のウェディングハイっぷりがとてつもなく、婚約者の話や式場見学のことばかり呟くようになり、私はたまらず気づいたらブロックボタンを押していた。自分の気分を害するものを我慢してみるほど私は優しくない。

 

 

 

そんなこんなでさらに私は「結婚」、否「結婚式」の意義について考えるばかりだった。かく言う私も、(一応)結婚式を控えている身だというのに…。

 

小学生の時からこれだけ嫌だと言っていた結婚式を私がなぜやるのかと言えば、「親の望み」それしかない。私の親はこうだと決めたら一歩も引かない人間で、「結婚式はけじめだ」と何度も催促をされた挙句に、義両親に頼んで仕方なくやることになってしまったのだ。というか、結婚式を実行すればようやく私も解放される、という気がした。

 

 

そんな結婚式も、伯父の突然の訃報により、決行が一時危ぶまれた。延期にした方が良いのか、中止にするべきなのか迷っていたら、両親の一言は「なんで?」だった。そういうものなのだろうか。私は、伯母の気持ちを考えるとそんなお祝い事なんて出来ないと思ったのに。

 

 

わたしは憂鬱な出来事や関心事があると、夢に見てしまうという悪しき特性がある。

昨夜も結婚式の夢を見てしまった。これだけ憂鬱な気分を何ヶ月も抱えていても、やってしまえば半日、数時間で終わってしまうのだから呆気ないよな、と思った。親しい友人に参加して貰いたい気持ちは山々だが、両親の面倒くささと多大な気を遣わせてしまうことを考えて、親族で慎ましくやることになった。

 

 

結婚式ってそもそもやる人はとっても幸せな気分でやるもんじゃないの?といつもそんな疑問を抱えながらも、打ち合わせや担当者とのやりとりをしていると、あぁマリッジブルーってこういうことを言うんだねと思った。そもそも、ウェディングハイになれる人たちって周りの人(特に両親や家族)にとても恵まれている人なんだと思う。

 

 

結婚式のハードルは高い。友人を呼んだ盛大な結婚式をやろうと思ったら、500万とか600万くらいかかるらしい。中学時代の友人の結婚式は、50人呼んで400万いくかいかないかだと聞いておののいた。お金がないと出来ない贅沢なイベント。普通に考えて、20代の男女が用意できる額なんだろうか。そして、穏やかな家庭こそ恵まれたポテンシャルというものはないんだなと感じる今日この頃。わたしが結婚式を無事に終えられるよう誰か一緒に祈ってください、と泣きたい気持ちでここに綴る。

人生のどこに重きを置いて生きるか

前回の更新からだいぶ間が空いてしまった。

死んでいたわけではない。楽しいことから悲しいことまで盛り沢山だったので、なんとなくブログに手が伸びなかったというだけ。

 

 

今朝のニュースはさくらももこさんの訃報でもちきりだ。

誰かが亡くなることはすごく悲しい。勿論人も動物も。それも予期せぬ人が急に亡くなると物凄いエネルギーを消耗する。

 

 

 

お盆のはじめ、横浜のとある駅で両親と姉と落ち合う。

合流するまでの間に良い喫茶店を見つけた。アイスコーヒーリバイバルという物を飲んだ。素敵なお店に出会えたことは嬉しかったが、きっかけが伯父の葬式だなんてなんか物悲しい。

 

 

8月の初旬に伯父が急に亡くなった。心筋梗塞だったらしい。

伯母がそれを見つけた時は、最初昼寝しているのかと思って起こさないようにそうっと歩いたというくらいだから、本当に一瞬の出来事だったらしい。棺のなかで眠っているような穏やかな顔をしていた。何より驚いたのは、亡くなった日の翌日に伯父と伯母二人で“終活”の説明会に参加する予定だったらしいということ。

 

 

 

両親達と集合して、某回転寿司屋へ行った。私はサンドイッチを食べたあとだったのでお腹がいっぱいだったし、なんだかみんな気不味い雰囲気だったので、寿司ナビゲーターを申し出た。タッチパネルを抱えて、ひたすら家族の寿司リクエストを集約し、寿司が到着するときにアナウンスする。伯父のことには皆何も触れなかった。

 

 

この3〜4年くらいの間に、祖父が老衰で亡くなったかと思えば、母方の伯父も突然自損事故で亡くなり、法事続きで喪服を何度クリーニングに出したかわからない。そういう出来事は続くものなのかなと思ったり思わなかったりする。

 

 

父親の暴走車に揺られながら高速道路を走り、そのまま実家に帰省してボーッとテレビを見ていたら、BSで『地球taxi』という番組がやっていた。世界各国のタクシーに乗車し、様々な場所を巡りながらタクシードライバーにインタビューするという紀行であり、ドキュメンタリー番組。

 

 

その回はハワイ編で、ベトナム出身の移民の男の人や、シングルマザーの肝っ玉母ちゃんなどのドライバーが密着されていた。あるドライバーは、元々有名企業に務めていたサラリーマンだったが、上司が引退してすぐに急逝したことをきっかけに、タクシードライバーに転身したそうだ。

まさに、伯父の状況と一緒だったので、両親と顔を見合わせた。

伯父も65年間、バリバリに働いてきた人だった。つい数ヶ月前に退職して、やっと毎日ゆっくりできている、と嬉しそうに数ヶ月前親戚一同で集まった時に話していた。

 

 

 

「定年までバリバリ働いて、老後を楽しむ」というのは今までの日本では主要な人生の過ごし方だったのだと思う。国外のことはわからないが、他国のビジネスマンにもそういう人は少なからずいるのだろう。みんながみんな、寿命まで人生を全うできるという保証があるのなら、そういう生き方もアリかもしれないけれど、そうではない。そのタクシードライバーも、“老後”を生きることではなく“今”を生きることを考えて会社を辞めたと言っていた。

 

 

 

伯父の件も含めて、生と死のさかえ目は紙一重なんだなと最近の身の回りの出来事で実感することが多い。お金は勿論ある程度は生きていく上では必要なものだけれど、時間ほど重要なものはないんじゃないかと思うようになった。東京の生活も好きだったけれど、ただお金を稼ぐために生きるような生き方はしんどい。その頃の方がお金に余裕はあって何でも手に入れられたけれど、いまの方が幸せだし、そういう気持ちを大事に生きていたい。

 

 

 

『パンとスープとネコ日和』を観るとたまごサンドを食べたくなる。

わたしは「もたいまさこ」「群ようこ」「飯島奈美」「荻上直子」などの要素にもっぱら弱い。『かもめ食堂』は言うまでもないし、もはやかもめ食堂から芋づる式にわたしのすき要素は繋がっていく。

 

すきな作品の共通点としてタイトルの書体が極めてシンプルであることという条件は欠かせない。直感的に、タイトルの書体や色合いがごちゃごちゃしているものにはあまり興味が湧いてこない。

  

 

『パンとスープとネコ日和』は、このなかでももたいまさこ小林聡美というパワーワードを含み、かつ究極にシンプルな書体のタイトルという私の好物中の好物だ。ストーリーとしては、出版社で働く小林聡美さん演じるアキコが母の死と異動の話をきっかけにパンとスープだけを出すお店を開くというもの。

 

 

そんなこの作品はパン・スープ・ネコの三つの要素からなっている。 

 

1つ目の要素:パン

 「頭脳パン」はこの作品のエッセンスのひとつで、頭が良くなる成分の“頭脳粉”というものを原料にしているからそのような名前が付いている。ご当地パンは全国各地にたくさんあるけれど、これは金沢発祥の食べ物らしい。ということは、バイトのしまちゃんは金沢出身という設定なのだろう。

 

この作品を見て初めて頭脳パンの存在を知ったのだけれど、東京で売っているのを見かけて食べたことがある。何味だったかははっきり覚えていないけれど、単純に美味しかった。(わたしの頭脳がちょっとマシになったかどうかはわからない。)

 

  

そして、この作品の中で最もスポットライトを浴びるパンがたまごサンドだ。ゆで卵じゃなくて、オムレツタイプのたまごサンド。アキコが出版社を退職してお店を開くきっかけのひとつでもあるたまごサンド。

きっと10人見た人がいたら、10人全員たまごサンドを食べたくなると思う。

 

実際にこの作品を見たら、絶対にこのタイプのたまごサンドをわたしは作ってしまう。普段、サンドイッチを食べる時にスープまで作らないけれど、スープも作っちゃおうかという気になる。そのくらい、飯島奈美さんの作る料理にはジブリのご飯並の魔力がある。

  

 

2つめの要素:スープ

シンプルな料理の基本は、素材の良さを活かすこととダシが効いていること。

 

わたしのすきなおじさまナンバーワンを争う光石研さんを初め、市川姉妹のお姉ちゃん(市川美和子さん)、作家役の岸惠子さん、はっきり言って超演技派揃いだと思う。それでもコテコテの演技というよりかは、こういうひとっているよねっていうものをさりげなく演じていることがすごい。それぞれの素材が最大限に活かされて、シンプルなストーリーながら、ひとつの作品というスープが成り立っている感じがする。

 

 

普段生活しているなかで、同じく空気を持つひとと居ると居心地がとてもよい。

同じ雰囲気を共有する人間とそうでない人間がはっきりしているのも、この作品の良さのひとつだと思う。逆に言えば、排他的といえばそうかもしれない。「いい人なんだけど、空気がちょっと違うんだよな。」とか「この人とは詳しいことを聞かなくても上手くやっていけそう。」みたいな空気感。この作品がすきだと言う人と実際にすごく仲良くなれる自信がある。

 

 

3つ目の要素:ネコ

『パンとスープとネコ日和』は猫好きにもたまらない。荻上直子監督の『レンタネコ』に通ずるところもあると思う。

 

もちろん本物の猫(たろ)も出てくるし、犬派かネコ派と言われたら完全にネコ派の人間ばかり出てくる。ネコは気分屋な動物だけれど、人間にもネコっぽいに分類される人が一定数いる(私も完全にネコ派)。

 

この映画の良くも悪くもある特徴は、見る人を選ぶことだと思う。 多分、ハマらないひとにとってはこの映画はきっとつまらないものなのかもしれないとさえも思う(特に犬派の人)。

 

 

 

この作品がたまらないポイントとして、もたいまさこさんの演じる喫茶店のママ役がとてもハマっていて素晴らしいこと。ママこそ超気分屋のネコ派だと思う。まさにツンデレ。世話焼きを通りこして嫌みなことを言ってきたかと思えば、アキコのことを気にかけている。喫茶ハッピーが本当に存在していたら、通いたい(『すいか』の泥船にも通いたい)。

 

余談ながら、わたしの魔女のような母親は友人も認めるほどのもたいまさこ似である。思わず読者登録させていただいた方もお母さんがもたいまさこ似と書いていてすごく運命的なものを感じた。)もたいまさこさんの出演作品を幾つも拝見しているが、そのなかでもダントツにこの役はハマっていると思う。喫茶ハッピーのママに会いたくてこの作品を見るといっても過言ではない。

   

最後に

毎日の喧噪に嫌気がさしたら『パンとスープとネコ日和』をみて、 のんびりたまごサンドでも作ってゆっくりしよう。そうしたら穏やかな気分で一日が過ごせるはず。

 

パンとスープとネコ日和 DVD-BOX

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パンとスープとネコ日和 (ハルキ文庫 む 2-4)

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文鳥も人間も女性は半身浴がお好き?

毎日毎日暑い。そしてこれは文鳥にとっても同じ。

我が家では、室内の温度が27℃になるようにしています。

 

文鳥はもともと熱帯が原産の鳥なので、

適温は28℃〜30℃くらいと言われていますが、

人間にとっての室温30℃って結構厳しいです。

 

かといって、25℃などのひんやりした温度だと

人間は快適でも、文鳥はお腹がゆるゆるになってしまいます。

 

結果、人間と文鳥が共存する上で一番理想的な温度は

27℃がベストではないかと個人的には思っています。

 

 

 

 

最近ひとつ気になる出来事が。

 

我が家の文鳥たちのケージにはプラスチック製のバードバスは付けておらず、キャンプ用品のアルミの器に水を入れ、下にバスタオルを敷いて、一日2回水浴びさせてあげるようにしています。

 

ケージの中の飲み水用の容器には、陶器の耐熱皿のような白い器をいつも使っているのですが、たまたま少し大きめのアルミの器を入れていた時、シルバー文鳥のメスが何食わぬ顔で水に浸かっているではないか。

 

 

しかも、真顔で。

床に座っているかのごとく、真顔で水の中に足を突っ込んでそのまま佇んでいるのです。さらに、遠くからみていると、そのまま水の中で寝ていたりもするのです(イメージ図↓)。

 

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気になったので調べてみると、少なからず水の中で浸かったままの文鳥はいるようです。そして、圧倒的にメスに多い。発情している?ということも見つけましたが、実際のところは分かりません。(もう一匹がオスなので一応番いなのですが、オスの求愛にメスはあまり興味がないようす。というか、交尾というか背中を踏みつける形になっているのでいつもメスはキレてる。笑)

 

 

暑くて暑くて仕方がなくて水の中に入っているのか、

巣のように水に包まれるのが落ち着くのか。

卵を産まないように巣は普段置いていません。

 

 

女の人って半身浴がすきな人が多いですが、

それって文鳥も同じなのかななんて思いました。

(ちなみに私は長くお風呂に浸かれないタイプです。)

 

 

 

文鳥の水浴びも何度見ても飽きないのですが、

文鳥が水に浸かっている姿もなかなかシュールで可愛らしいです。

 

大丈夫かな?と少し心配になりつつも、

可愛いのでたまに浸かって欲しい飼い主でした。

 

 

隅田川の花火

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 わたしは一度だけ隅田川花火大会に浴衣を着て見に行ったことがある。

当時浅草に住んでいたときのルームメイトと一緒に。着物が好きでよく着ていたルームメイトに浴衣を借りて、着付けもして貰った。今では幻のように感じてしまう儚い思い出。

 

 

 

あとから知ったことだけれど、人生のなかではソウルメイトと言われるようなある一時期に自分の人生に居るべくして居るようなひとがいる。らしい。

 

ルームメイトは高校の同級生で、部活も同じだった。高校時代は別に仲のいい友人がいて、別段仲がいいというわけではなかったけれど、大学から東京に出てきたことや大学や勤務地が近かったこともあり、徐々に仲を深めるようになった。

 

あの頃のわたしたちは誰がどう見ても一心同体で大親友とも呼ぶべき存在だった。友人を通りこしてもはや姉妹のような、家族に近い存在だったかもしれない。

 

 

 

2年前の隅田川の花火のとき、既に私たちは少し気まずい雰囲気を持っていた。お互いの生活リズムが違いすぎて、それまでぴったり合っていた波長がもはや合わなくなっていた。

 

 

 

 

いまから3年前くらいになるけれど、ルームメイトのお母さんが癌で亡くなった。ルームメイトは大きなショックを受けて、仕事も半年くらい休職して実家に帰っていたので、しばらくは浅草のマンションで私ひとりで暮らす形になっていた。

 

ルームメイトが休職期間を終えて浅草に戻ってきたころには、わたしは婚約が決まっていて(いまの夫)、結婚のために両親との挨拶やらそのあとの未来に向かって動いている真っただ中だった。しかし、両親とは揉めており、私の伯父が急に事故で亡くなってしまったこともあり、仕事も忙しく自分のことで精一杯になってしまっていた。

 

 ルームメイトは悩んだ末に復職が決まり、新たにまた頑張ろうとしていた矢先に今度はお祖母さんを亡くしてしまった。隅田川の花火を見に行ったのはお葬式を終えて数週間経ってからだったと思う。急に色んなことが起きたせいで、余裕がなくなっていたのだろうと思うけれど、どんどん家のことをおろそかにするようになっていて、少しずつ私にストレスが溜まるようになってきた。

 

花火大会のあと、ホッピー通りの飲み屋で、「せっかく落ち着いたと思ったのにおばあちゃんのことがあってまた迷惑をかけると思う。ごめんね。」というようなことを言われた。わたしも伯父を突然亡くしたあとだったので、近しい人が居なくなってしまったショックはひしひし感じていたし、出来るだけサポートしようと思った。

 

 

 

それでも、人は自分のことが精一杯になると、心が狭くなってしまうらしい。

わたしは両親と話をまともに出来る状態でもなく、仕事も多く抱えてしまって、家のことは殆ど私がやらなければならず、安らぐ場所がなくなってしまっていた。色んな塵が積もって、挙げ句の果てにはスマホのなかを見られているかもしれないという疑惑が生まれてしまって、ルームメイトを信用できなくなってしまった。口数もどんどん減ってしまって、最後には私から自然と避けるようになっていた。

  

 ルームメイトと住む以前に、自分の母に「女の嫉妬心は怖いから気をつけなさい」と言われたことがあった。私たちが啀み合う仲になるなんて、その頃は想像もできなかったので、話半分に聞いていたけれど、母が言っていたことはこれかと思ってしまった。

 

ルームメイトが誰かに頼りたい、すがりたい気持ちなのは知らないふりをして分かっていたし、出来ることならずっと二人で仲良く暮らしていたいと思っていた。けれどそれは、ただの絵空事にすぎなかった。天然だったルームメイトがするドジの数々を今までは笑って許せたのに、全く許せなくなって、自分が抜けているということを言い訳にしていることに腹が立つようになってしまっていた。

 

 

 

結局、わたしは一年弱に及ぶ両親とのバトルの末に結婚の許しを得て、退職届を提出したり、引っ越し先を決めたり、どんどん次の生活への準備を進めていた。引っ越しの数日前に、浅草の仲見世にあるコマチヘアという髪飾りのお店で、サーモンピンクのかんざしと綺麗な和風の生地のケースに入ったつげ櫛を買った。店員さんと相談しながら、一番似合いそうなものを選んだ。引っ越しの荷物を運び込んで、最後に家を出るときに渡したのだけれど、見送る時の悲壮感を漂わせながら必死に笑顔で取り繕っていたのが見ていられなかった。今思えばそれはまるで手切れ金みたいなものだったなと思う。

 

 

 

こちらに引っ越してきてから、家賃の精算の件が終わってからは一度も連絡を取っていない。しばらくは連絡も取りたくないし、他の友人を含めても会いたくない。

 

それでも一番思うのは、東京で一緒に暮らしたその数年間のあいだに、その子がいないわたしの人生はなかったと思う。必ずあの一時期に二人でいる必要があったのだと思う。現時点では悲しい結末になってしまっているけれど、それでもそう思う。

 

彼女がお母さんやお祖母さんの死の悲しみから抜け出して、前までの明るさを取り戻したときは、またいつか会って話せたらいいなと思う。

  

 

いまどこに住んでいるか詳しいことは分からないけれど、浅草の近くに引っ越したことだけは知っている。きっと今日の隅田川の花火を見ているはずだけれど、彼女はどんな気持ちで見ていたんだろう。今日はそんなことを思わずにはいられなかった。