うみねこのブルース

元丸の内OLから地方の田舎のしがない主婦へ。のんびり生きてます。

毒親持ちの私が結婚していま思うこと

2013年6月8日、星野源の初主演映画『箱入り息子の恋』の初日舞台挨拶を観覧するため、私はテアトル新宿の客席にいた。源さんが大好きな予備校時代の友人と、必死でチケットを確保したのだった。

 (いま思えば、あの場に大杉蓮さんもいらっしゃったと思うと胸が痛くなる。ただ、本筋と逸れるので、この件にはあまり触れないでおくことにしようとおもう。)

 

 

この映画は、星野源の演じる主人公の健太郎(超真面目男、実家暮らし、役所勤務、趣味は貯金、生まれてこのかた彼女無し)が夏帆演じる美少女に恋をして変わっていくという、ざっくりいうとそんなストーリーの話。

誤解があるといけないので言っておくが、とにかくこの映画はサイコーだ。両家の両親のキャストもさることながら、演技もピカイチ。おもわずクスクスっと笑ってしまう場面が幾つもあるので、是非クスクス笑いがしたい気分の時にはご覧いただきたいと思う。

 

 

 

 

人生において、ホテルのレストランの個室で修羅場を迎えるような出来事がどれだけの人に起こるだろうか。

 

『箱入り息子の恋』のワンシーンのひとつに、両家がテーブルを挟んで座り、お見合いをするシーンがある。大杉連さんが毒親の設定(健太郎の両親はそんなに毒親感は感じられない)。そして、途中からの修羅場。そのシーンを観ながら、「こんなの私耐えられない。でも他人事だし、そもそも映画だし、超サイコーに面白いじゃん。」なんてことを思っていた。

 

 

 

 

それから数年後、わたしは奇しくも現実に同じ様な状況に遭遇することとなる。

 

ホテルのレストランにて、店員さんに予約済みの奥の個室に通される。映画のシーンと違う点は、両家3人ずつが対峙するのではなく、私の両親ふたりと私と婚約者(今の夫)の2人ずつが向かい合う形になっていたこと。先に私たちふたりが入室して、後から両親が到着するも、父は初っぱなから無言。母も総じて感じが悪い。そんなこととは関係なく、レストランのサーバーが次々に料理を運んできてくれる。

 

 

 

話題は勿論 “私たち二人の結婚の話について”

その時点で既にバトルが始まってはや半年が過ぎていた。この時点での情報として、

 

  • 一度私の実家に挨拶済みであること
  • 婚約者は釣書(経歴書のようなもの)を書いて挨拶の際に父に渡したこと
  • 挨拶の場はすんなり円満に終了し両親は結婚を承諾する形で終わったこと
  • 2日後仕事が終わったあとに父から「結婚を断固として許さない」旨の長文メールが入っていたこと
  • 父に電話越しに「妊娠しているんだろ!!!」と罵倒されたこと

 

この辺の情報だけでお分かりだと思うが、私の父は毒親だ。今に始まったことではなく、小学生くらいから父親が普通ではないことには気付いていたし、同級生の間でも結構有名な話だった。

 

 

とにかく私のメンタルはその頃には既にズタズタのボロボロだった。HPは残りわずか、赤いランプが点灯している。

仕事結婚の話ルームメイトとの関係の悪化という三重苦で、どこにいても心が休まる時間がない。仕舞には、仕事帰りに秋葉原のどぶ川に飛ぶ込む寸前のところまでいった(水泳は割と得意な方なので、飛び込んだところで泳いで助かってしまうだろうという推測のもとに決行を断念)。秋葉原のどぶ川のすぐ側にある喫煙所の方々には感謝申し上げたい。きっと彼らオーディエンスの存在がなければ、飛び込んで助かる→喫煙者に写真や動画を撮られ、SNSにアップ→死を免れたのに公開処刑を食らって生きてるのがつらい  という状況が生まれることを容易に想像できたから。

 

 

 

 

その頃、すでに職場には退職の申し出をしており、退職日まであと数日で1ヶ月を切るタイミングだった。1ヶ月後の自分は、果たして泣いているか笑っているか、ただの無職で路頭に迷っているか、何をしているんだろうという想像から会食の前は吐き気が止まらなかった。

 

 

両親は断固として反対の態度を貫くはず、私はこの人たちを納得させるという考えはほぼほぼ捨てているに近かった。とにかく自分の口で言いたいことを言う、もしも話が通じなかったら両親とは縁を切る、最終手段は駈け落ちという打ち合わせを婚約者としてホテルでの会食に意を決して向かったのだった(既に父が不在の時に実家へ帰省し、実家にある荷物は整理済み、もう実家に帰らなくても済むように準備は完璧だった)。

 

 

案の定、中盤から父親は怒鳴り始め、ステーキを切るために両手に持っていたナイフとフォークを私に向けながら騒いだ。私は「刃物を人に向けるな」と応戦。母と婚約者は顔を見合わせ、始まってしまったか・・・とのアイコンタクト。戸惑うレストランのサーバーたち。まさに修羅場の始まり始まり、という感じだった。

 

しかし、一応これは私と婚約者の計算通りだった。あくまで私と父は血のつながった家族であるし、わたしが幾らバチバチな喧嘩をしたところで、いままで幾度となくあったことだし、たいした問題ではない。婚約者と父が喧嘩をしてしまうのが最悪なパターンだったため、わざと父の真ん前に私が着席する形をとった。

 

 

結果は、まさかの私たちの作戦勝ち。

言いたいことを全部主張することだけは遂行したかったため、私は嗚咽に近い涙を流しながらも主張したいことを全部自分の口から言った。(いままでこういう場合、大声でねじ伏せられることが常だったため、言いたいことを言おうとするとどうしても嗚咽まじりになってしまう。)修羅場の私たちをなだめるように、婚約者がフォローを入れる。前回の挨拶の時点で父が結婚を認める発言をしたことを突いて、それがとどめになったのか、戦いは終了の合図を告げた。WINNER、私&婚約者チーム。退職を目前として、見事なスライディングセーフだった。

 

 

 

 

 

毒親持ちの私は、もともと結婚願望がなかった。

自分が肝っ玉母ちゃんのようなたくましい母になることは何故か想像できるのに、結婚する想像はすごく難しいことだった。そもそも、こんな毒親に付き合ってくれるような男の人はいないし、心折れずに戦えるようなメンタルの持ち主もそうそう居ないだろうと思っていた。

 

 

だから、私は自分でしっかり稼いで自分の力で生きて行く術を身につけよう。働いてある程度のお金が貯まったら、大学院に進んでさらに勉強しよう。私は働く女。ひとりで強く生きて行く現代の女性。そういう人生設計だった。

 

 

今思うと、それはすべて父の思うつぼだった。私が連れて行った婚約者を私から引き離し、自分の思い通りの人間と結婚させる。それが父の算段だった。

 

 

毒親持ちの人間は、結婚してはいけない。」というような記事や論争をここ数年よく見かけるようになった。毒親認知が進んできたのだ。欲を言えば、もっと早くに毒親認知が進んで欲しかった。そうすれば、対処法を自分で検索したり、同じ様な境遇の人とネット上で励まし合ったりできたのに。

 

わたしは小中高と表面上では優等生を演じてきたけれど、中身はただの落ちこぼれだったし、心がしんどくなっては保健室に駆け込んで奥のベッドで泣いているような人間だった。

 

 

毒親持ちの人間が結婚すると不幸な子どもが生まれるから結婚する権利はない、という意見を見かけて、「ああそうかもしれないな」と胸が苦しくなった。おそらく毒親持ちの人が抱えている気持ちとして、自分は結婚してはいけない、自分は幸せな家庭が築けないという暗示があると思う。でもそれはただの暗示でしかないし、毒親の思うつぼでしかない。いくら親が毒親であっても、結婚する権利があると私は思う。

 

 

私は毒親持ちだからって、自分を「こんな自分」と卑下することはあまりしたくない。

それでも、色んな背景を理解した上で私を選んで結婚に踏み切ってくれた夫には心から会えてよかったと思っているし、感謝してもしきれない。本当は頭が上がらないけれど、「謙らないで。対等にやっていこう。」といってくれるのは、惚気でもなんでもなく、人として格好いいと思う。(ちなみに、夫とは初めて会った日に付き合いを申し込まれ、それに承諾すると同時に私から結婚の申し入れをした。)

 

 

 

毒親エピソードを体験したその時は勿論、苦しくてやっていられないけれど、後々こうして笑い話にすることが自分のためになっていると思うし、同じように苦しんでいる誰かのためになるかもしれないと本気で思っている。そんな理由から、今回の記事を書きました。

 

 

まだまだ書きたいことがあるので、続編や今までのエピソードも随時更新していきたいと思います。すべては毒親に苦しんでいる同じ境遇の人たちのため、そして私の人生のため。