うみねこのブルース

元丸の内OLから地方の田舎のしがない主婦へ。のんびり生きてます。

わたしたちの青春

わたしは武道館のラストワンマンに行っていない身だから、そんなに大きな声でチャットモンチーがすきだー!と呟く権利はないのかもしれないけれど、わたしの青春。否、わたしたちの青春チャットモンチーとともにあったんだと思う。

 

 

初めての彼氏が出来た高校1年生の時。

年上の野球部の彼氏はチャットモンチーが大好きだった。

 

高校近くの安いカラオケ屋でのデートで、わたしはそのとき十八番だったカエラちゃんの『sweetie』という曲を歌った。先輩は『ヒラヒラヒラク秘密ノ扉』を音痴なのかはたまた上手いのかよくわからないくらいの音程で歌ってくれた。そのとき歌っていたその曲だけがすごく耳に残っている。他の曲は1曲も覚えていない。(トラウマを覚える様な別れた方をして、最終的にはあまり聴けなくなってしまったけれど・・・。)

 

 

 

夢中になって聴いたのは、『耳鳴り』『生命力』『告白』の3つのアルバムで、一番は『耳鳴り』だった。『シャングリラ』が出たのがちょうどわたしたちが高校生の時だった。わたしの一番の親友Sはチャットモンチーが1番大好きで、いつも綺麗な高音で歌ってくれていた。

 

 

高校の友人は、自分の恋はバスロマンスみたいだって言っていた。遠距離だったっけ。よく覚えていないけれど、うわっなんかエモいじゃん、って思ったからそれだけ覚えている。

 

 

大学時代に全然その気のなかった人と流れで付き合って、もうこの恋?も終焉間近だと思っていたあの頃に、今の気持ちは「心地よい束縛も今ではただのゴムの首輪のよう」という表現がまさにふさわしいと思ってAmebaブログに綴ったこと、そのブログを読んでわたしの気持ちを悟った友人たち。チャットモンチーの歌詞が語彙力の乏しかったわたしの気持ちを代弁してくれた。

 

 

 

東京での生活、毎日せっせと満員電車に乗って仕事へ行って、SEIYUで買った弁当を食べてチューハイを飲み、「ハチの巣みたいだ東京 働きバチの行列だ」と脳内再生しながら、地元から東京へ出てきたくても出て来れなかった友人たちの分もわたしは弱音を吐かずに東京のハチの巣でせっせと働いていかなきゃならないと言い聞かせていた日々。

 

 

結婚にさしあたって両親とのバトルに疲れ果てて、ルームメイトとのギクシャクした毎日にも嫌気がさし、それでもわたしが変わらないと私の人生は何も変わらないんだと自分を鼓舞するために聴いていた『変身』。『満月に吠えろ』を暗い夜道を自転車こぎながら ヲオオー!と一緒に吠えてながら歌った。

 

 

 

ただのエクスキューズになってしまうけれど、わたしは武道館に行くほど熱狂的なファンだったわけではない。それでも何度か地元のロックフェスに来たチャットモンチーを観る機会があった。

 

ドラムが居なくなっても、必死にえっちゃんがお世辞にも上手と言えないドラムを頑張って叩きながら大きなステージで歌っているのを見て心がちょっと痛んだり、チャットモンチーの意地や強さを感じたりしたこと、二人でカホンを仲良く並べて楽しそうに二人で演奏しているのを見て幸せな気持ちになったこと(これが私にとっては最後のチャットモンチーになった)。

 

 

2000年代から2010年代を生き抜いてきた人たちとともに、絶大な安定感を持って存在していたバンドだったと思う。ガールズバンドの礎を築いたバンド。

 

 

確かに乗っかっている。こういう日だからどうしてもエモい気分になってしまって書き出したというのは大いにある。間違いない。けれど、青春の喜怒哀楽を乗り越えるにはこの時代を生きてきたわたしたちにとってはチャットモンチーが必要不可欠だったと思う。

 

熱狂的なファンの人たちへ、こんなに語ってごめんなさい。

でもわたしチャットモンチーが大好きです。