うみねこのブルース

丸の内OLから地方の田舎のしがない主婦へ。のんびり生きてます。

流れる川床デビュー、京都に大雨が降る。

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明日は前の職場の先輩Aさんが関西に遊びにくるというので、鴨川の川床(正しくは納涼床ですが)へ行く予定だった。

 

仕事がめちゃくちゃに出来るAさん、色んな場面で助けてもらった。退職時、同じ部署の人たちに細やかなお菓子に手紙を添えて渡したのだが、その先輩だけは何も考えずにすらすらと気付いたら二枚も手紙を書いていた。(他の人には当たり障りのないことばかりでようやく一枚の便せんを埋め尽くした、という感じ。)

 

仲良しごっこが嫌いなわたしは退職から4日目で元職場の一部の派閥によって出来ていたグループラインを退会、その後誰一人として連絡を取っていないような割と淡白な人間。というかわたしは、グループラインなんかで繋がっていなくとも、繋がる人とは繋がるものだと思ってやめたのだが、案外すっぱり関係って途切れてしまうものね、と改めて悟った。元々そんな気はしていたけどね。

 

 

先輩Aさんは一匹狼で、何人分の仕事をしているんだ?というくらい量も質もある仕事を抱えている割に定時で必ず帰る、その代わりプライベートで職場の人間と一切関わらない、ある意味派閥に属している人間にとっては鼻につく存在で、現にはっきりいって嫌われていた。

 

 

わたしは、人のことを好きになる時も嫌いになる時も自分の目で確かめてから好きに(嫌いに)なる、と中学生くらいの時から決めている。中学時代にいじめの標的になっていた子とも自分がその子を嫌う・無視する理由がなければ、普通に接していた。高校の同級生でも、ルックスが良く秀才な女の子は色んな理由をつけて毛嫌いされていたけれど、ずっと周りの友人には特に言わずに連絡をとりあって何度も鞍替えしたTwitterでさえつい最近まで繋がっていた(最終的には、彼女の強すぎるウエディングハイにより拒否反応が現れ、わたしからブロックして繋がりは終わった)。

 

 

Aさんもその一人で、どんなに周りが忙しくても定時で帰ったり、朝は低血圧だから機嫌が悪いという理由で極力人と話さなかったり、確かに感じは悪いこともあった(むちゃくちゃになんだてめえと思ったこともあった)けれど、派閥の人間が居ないときにこっそり色んな仕事上のテクニックを教えてくれたり、社内メールで情報を教え合ったりする仲だった。

 

 

同僚だったときにAさんと外へご飯を食べに行ったのはたったの2回。

それも、わたしとご飯に行ったりすると周りの人間から疎ましく思われる可能性があるからなるべくいかない方がいいよ、と自分から避けるように孤独を保っていた。

 

 

それでも1年以上何の音沙汰もなかったAさんから突然LINEが入り、一瞬「誰、この人?」と思ってしまったなんて本人には言えない。それくらいまともにLINEもしたことがなかった(メールではやりとりしていたが、LINEは退職時に交換した)。聞いたところによると、わたしが退職時に渡した手紙にたいそう感動したらしい。それからずっと、こちらに来る機会があれば是非ご飯でも誘おうと思っていてくれていたようだ。

 

 

これだ。と思った。わたしの人との距離感。

LINEやTwitterで常に繋がっている必要もないし、その人の動向がわかっていなくてもいい。ただ一年に一回でもお互いを思い出して、ちょっとご飯やお茶に行って、会わなかった期間の出来事を話す。本当にグループラインでなんかで繋がっていなくとも、人は繋がっていられることをわたしは証明してやった。ざまあみろ、派閥のやつらめ。

 

 

まあ、タイトルにあるように、壮大なオチとして、現在日本列島をすっぽり覆う雨雲により豪雨に見舞われている関西地区、そして氾濫寸前?すでに氾濫しているやもしれぬ桂川のある京都、今さっきTwitterでは京都での避難指示が14万人を超えたという情報を得た。とりあえず、今回の川床デビューは大雨の鴨川の濁流とともに流された。もはやわたしが行くはずだった川床は、明日には鴨川の濁流に流されて決壊しているかもしれない。

 

 

誰かこのタイトルで、あの歌を思い出してくれ。